九七式中戦車チハとは?性能・新砲塔との違いとガルパン西絹代の搭乗車両

九七式中戦車チハの旧砲塔57mm砲搭載型と新砲塔47mm砲搭載型を比較したデフォルメイラスト 戦車

『ガールズ&パンツァー』で知波単学園の隊長・西絹代が搭乗する九七式中戦車チハ。

短い主砲に丸みを帯びた砲塔、そして車体を囲むように並んだ転輪。

ドイツのティーガーやアメリカのシャーマンとは、また違った姿が印象的な日本の戦車です。

ところで、このチハには「弱い戦車だった」という評価もあります。

実際のところ、九七式中戦車はどのような性能を持ち、なぜ第二次世界大戦の終わりまで日本陸軍の主力として使われたのでしょうか。

また、チハには57mm砲を搭載した旧砲塔型と、47mm砲を搭載した新砲塔型があります。

砲の口径が小さくなったにもかかわらず、新砲塔型の方が対戦車戦闘に強いというのも興味深いところです。

今回は九七式中戦車チハの歴史や性能、旧砲塔と新砲塔の違い、そしてガルパンに登場する西絹代の搭乗車両について解説します。

九七式中戦車チハとは?日本陸軍を代表する主力戦車

1937年に採用された日本の中戦車

九七式中戦車チハは、1937年(昭和12年)に制式採用された日本陸軍の中戦車です。

それまで使用されていた八九式中戦車の後継として開発されました。

開発では、性能を重視したチハと、軽量で低コストのチニという2種類の試作車が比較されています。

チハは三菱重工業、チニは大阪砲兵工廠が開発を担当しました。

当初は調達費用も重要な問題でしたが、最終的には性能に優れたチハが採用されます。

その後、九七式中戦車は日本陸軍を代表する戦車として、中国大陸から東南アジア、太平洋の島々まで幅広い戦場に投入されました。

出典:陸上自衛隊第7師団|戦車の歴史

チハという名前の由来

「チハ」は正式名称ではなく、開発時に使用された秘匿名称です。

一般に「チ」は中戦車、「ハ」は開発順を表す符号と説明されます。

つまり、チハは中戦車の開発系列に付けられた呼び名というわけです。

同じように、日本陸軍の戦車には「チヘ」「チヌ」「チト」などの名称があります。

いずれも独特の響きを持っていますが、こうした呼び名を知ると日本戦車の系譜も理解しやすくなります。

九七式中戦車の基本スペック

九七式中戦車の主要性能を整理してみましょう。

数値はガルパン公式サイト掲載の知波単学園仕様を基準としています。

実車の仕様や資料によって数値に違いがあります。

重量は約15トン。

後に登場するM4シャーマンなどと比べると軽量な戦車でした。

もっとも、九七式中戦車が開発された1930年代と、第二次世界大戦後半では、戦車に求められる性能が大きく変わっています。

この時代の違いが、チハの評価を考えるうえで重要になります。

九七式中戦車チハの性能と特徴

57mm戦車砲は歩兵支援を重視した武装

旧砲塔チハの主砲は、短砲身の九七式57mm戦車砲です。

57mmという口径だけを見ると、それなりに強力な砲を搭載しているように感じられるかもしれません。

しかし、この砲は敵戦車を撃破することよりも、歩兵の進撃を支援する目的で設計されました。

機関銃陣地や敵の防御施設などに榴弾を撃ち込み、味方歩兵の前進を助ける役割です。

そのため、砲弾の初速は比較的低く、装甲の厚い敵戦車との戦闘には向いていませんでした。

開発当初の用途には適していたものの、戦場で戦車同士の戦闘が増えるにつれて、火力不足が問題になっていきます。

最高速度38km/hとディーゼルエンジン

九七式中戦車の最高速度は、路上で約38km/hです。

エンジンには空冷ディーゼルエンジンが採用されました。

当時の戦車にはガソリンエンジンを搭載するものも多く、ディーゼルエンジンの採用は日本戦車の特徴の一つです。

また、車体側面には独特の懸架装置が備えられています。

転輪の一部を連動させた構造で、模型などでも確認できる特徴的な部分です。

派手な最高速度を誇る戦車ではありませんが、歩兵支援を中心とする当初の運用に合わせて設計されていました。

最大25mmの装甲と防御力

九七式中戦車の最大装甲厚は25mmです。

開発当時は小銃弾や機関銃弾、砲弾の破片などから乗員を守ることが重要視されていました。

しかし、敵戦車の主砲や対戦車砲が強力になると、25mmの装甲では十分な防御力を確保できなくなります。

特に第二次世界大戦後半には、アメリカ軍の戦車との性能差が大きな問題となりました。

チハの防御力を評価する場合も、開発当時と戦争後半を分けて考える必要があります。

旧砲塔チハと新砲塔チハの違いは?

九七式中戦車について調べると、必ず登場するのが「新砲塔チハ」です。

名前は似ていますが、旧砲塔型と新砲塔型では主砲の性格が大きく異なります。

旧砲塔型の57mm砲と新砲塔型の47mm砲

新砲塔チハでは、主砲が一式47mm戦車砲に変更されました。

さらに、新しい主砲を搭載するために砲塔そのものも大型化されています。

出典:タミヤ|日本陸軍97式中戦車改(新砲塔チハ)

砲塔の形状と対戦車戦闘能力の違い

外見上の大きな違いは、主砲の長さと砲塔の形です。

旧砲塔チハは短い57mm砲と、丸みを帯びた比較的小さな砲塔が特徴です。

砲塔上部には「ハチマキ」と呼ばれる手すり状のアンテナも備えられています。

一方、新砲塔チハは長い47mm砲を搭載し、砲塔も大型化されました。

この違いを覚えておくと、写真やプラモデルを見たときにも両者を区別しやすくなります。

なぜ砲の口径を小さくしたのか

ここが九七式中戦車の面白いところです。

旧砲塔型は57mm、新砲塔型は47mm。

数字だけを見ると、新型の方が弱くなったように思えます。

ところが、戦車砲の装甲貫徹力は口径だけで決まるものではありません。

砲身の長さや砲弾の種類、初速なども重要になります。

新砲塔チハの47mm砲は、旧砲塔型の57mm砲よりも高い初速で徹甲弾を発射できました。

その結果、敵戦車の装甲を貫く能力が向上したのです。

つまり、口径を小さくする代わりに、対戦車戦闘に適した砲へ変更したということになります。

出典:ガルパン公式|九七式中戦車(新砲塔)

九七式中戦車チハは弱い戦車だった?

九七式中戦車について検索すると、「チハは弱い」という評価を目にすることがあります。

確かに、第二次世界大戦後半の戦車と比較すれば、火力や装甲に大きな差がありました。

しかし、それだけで九七式中戦車の評価を決めてしまうのも適切ではありません。

開発当時の評価と歩兵支援での役割

九七式中戦車が採用されたのは1937年です。

当時の日本陸軍では、戦車に歩兵支援の役割が強く求められていました。

その目的で考えれば、57mm砲を搭載したチハは一定の性能を備えた車両でした。

機関銃陣地や防御施設を攻撃し、歩兵の前進を支援する。

こうした任務では、短砲身57mm砲の榴弾も有効でした。

問題は、その後の戦場で戦車同士の戦闘が重要になっていったことです。

M3軽戦車やM4シャーマンとの性能差

九七式中戦車の弱点が明確になったのは、対戦車戦闘でした。

ソ連軍との戦闘や、アメリカ軍のM3スチュアート軽戦車との交戦では、旧砲塔型の火力不足が問題になります。

そこで47mm砲を搭載した新砲塔チハが登場しました。

新砲塔型は旧砲塔型よりも対戦車戦闘能力が向上し、M3軽戦車などに対抗するための改良が施されています。

しかし、その後に登場したM4シャーマンは、さらに強力な主砲と厚い装甲を備えていました。

新砲塔チハであっても、M4シャーマンとの戦闘は厳しいものでした。

もちろん、交戦距離や命中位置などによって結果は変わります。それでも、総合的な性能差が大きかったことは否定できません。

出典:陸上自衛隊第7師団|史料館・戦車解説

戦争後半まで主力であり続けた理由

では、なぜ九七式中戦車は戦争後半まで使用されたのでしょうか。

日本でも、チハの後継となる新型戦車の開発は進められていました。

一式中戦車チヘ、三式中戦車チヌ、四式中戦車チトなどです。

しかし、開発や生産、配備には時間がかかります。

さらに、戦争が長期化すると、工業生産や資源の確保にも制約が生じました。

新しい戦車が開発されても、既存の九七式中戦車をすぐに置き換えられるわけではありません。

そのため、チハは戦争終結まで各地で使用され続けました。

九七式中戦車は、開発当時の要求には応えたものの、急速に進歩する戦車戦に対応しきれなくなった車両だったと考えられます。

ガルパンで西絹代が乗る九七式中戦車チハ

ここからは『ガールズ&パンツァー』に登場する九七式中戦車を見ていきましょう。

西絹代の搭乗車両は57mm砲搭載型

知波単学園の戦車道チーム隊長、西絹代。

彼女が搭乗するのは、九七式中戦車の57mm砲搭載型です。

つまり、新砲塔チハではなく、旧砲塔型にあたります。

西絹代は車長を兼任し、知波単学園の戦車隊を率いています。

公式プロフィールでも、搭乗車両が57mm砲搭載型であることが明記されています。

出典:ガルパン公式|西絹代プロフィール

知波単学園といえば、伝統的な突撃戦法が印象的です。

西絹代も熱血漢として描かれていますが、従来の戦い方に疑問を感じる一面も持っています。

こうした人物像と、実在した日本陸軍の戦車を組み合わせているところも、知波単学園の面白さでしょう。

知波単学園に登場する新砲塔チハ

知波単学園には、西絹代が搭乗する旧砲塔型だけでなく、新砲塔チハも登場します。

さらに、九五式軽戦車も使用されています。

同じ日本戦車でも、車両によって主砲や装甲、機動力は異なります。

九七式中戦車の新旧砲塔を見比べることで、知波単学園の車両構成も理解しやすくなるでしょう。

出典:ガルパン公式|登場戦車一覧

作品の戦車描写と実車の特徴

『ガールズ&パンツァー』に登場する戦車は、実在車両の形状や特徴を参考にしています。

九七式中戦車も例外ではありません。

短砲身57mm砲や砲塔上部のアンテナ、独特の車体形状など、実車に由来する特徴が見られます。

ただし、作品の戦車道はスポーツとして描かれています。

実際の戦争における戦車の性能や運用を、そのまま作品内の勝敗に当てはめることはできません。

史実を知ったうえで作品を見ると、車両の選択や戦い方をまた違った視点から楽しめるのではないでしょうか。

九七式中戦車チハのプラモデルは販売されている?

九七式中戦車は、現在もプラモデルとして商品化されています。

特に、旧砲塔型と新砲塔型を模型で見比べると、砲塔や主砲の違いがよく分かります。

タミヤなどの模型メーカー

代表的なのが、タミヤの1/35スケールモデルです。

タミヤでは、旧砲塔型の「日本陸軍97式中戦車 チハ」と、新砲塔型の「日本陸軍97式中戦車改(新砲塔チハ)」が製品化されています。

旧砲塔型は短砲身57mm砲やハチマキ状のアンテナを再現。

新砲塔型では大型化された砲塔と長砲身47mm砲が特徴です。

両方を並べれば、改良によって何が変わったのかを立体的に確認できます。

製品情報:タミヤ|日本陸軍97式中戦車 チハ、タミヤ|日本陸軍97式中戦車改(新砲塔チハ)

旧砲塔型と新砲塔型の選び方

初めて九七式中戦車の模型を購入するなら、まずは旧砲塔型と新砲塔型のどちらを作りたいか決めるとよいでしょう。

西絹代の搭乗車両をイメージしたいなら、57mm砲を搭載した旧砲塔型が候補になります。

一方、戦車の改良による形状の変化に興味があるなら、新砲塔型も魅力的です。

また、フジミ模型からは、デフォルメされた「ちび丸ミリタリー」シリーズのチハも商品化されています。

精密なスケールモデルとは違った楽しみ方ができるでしょう。

ガルパンファンが模型を選ぶ際の注意点

ガルパンの西絹代が乗るチハを再現したい場合、最初に確認したいのは主砲です。

57mm砲搭載型を選ぶことが基本になります。

ただし、実在車両を再現した一般向けプラモデルと、作品の登場車両を再現した商品は同じではありません。

車体の細部や装備、塗装などが異なる場合もあります。

また、旧砲塔型にも車台の仕様が異なるものがあるため、商品名や製品説明を確認しておくと安心です。

まとめ|九七式中戦車チハは日本戦車の歴史を知る一台

九七式中戦車チハは、1937年に採用され、第二次世界大戦を通じて使用された日本陸軍の代表的な戦車です。

旧砲塔型は歩兵支援を重視した57mm砲を搭載し、新砲塔型では対戦車戦闘能力を高めるため47mm砲へ変更されました。

戦争後半には火力や装甲の不足が目立つようになりましたが、それは戦車の技術が急速に進歩した時代の変化とも深く関係しています。

そして『ガールズ&パンツァー』では、知波単学園の西絹代が57mm砲搭載型のチハに乗っています。

史実の戦車としての特徴を知れば、西絹代の搭乗車両もこれまでとは違った視点で見えてくるでしょう。

キャラクターから戦車へ、そして戦車から歴史へ。

九七式中戦車チハは、そんな楽しみ方ができる一台です。

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